ブランド・ビジネス  2019-01-28

アパレルの企画・生産はほとんどが外部に丸投げされている現実

もう自分のブログでは8年前から何度も書いてきているのですが、改めて。(笑)

ファッションを志す学生さんで一番多いのは、未だに「デザイナー志望」次いで「パタンナー志望」です。しかし、業界人なら誰でも知っていますが、アパレル企業にデザイナー、パタンナーで就職することはかなり難しいのです。20年前より格段に求人数が減っています。

今は、ユナイテッドアローズやアーバンリサーチなどの大手セレクトショップやアダストリアのような大手SPAチェーンが有名ですが、これらの企業はいずれも内部にデザイナーがいません。もちろんパタンナーもいません。

先日、以前より規模を縮小した某アパレルから転職した人と会いましたが、

 

「古巣の某社も企画デザイナーは減らされるし、パタンナーはゼロになったし大変ですよ。でもまだ自社にデザイナーを何人か残しているだけでも他の丸投げアパレルよりはマシかもしれません」

 

とおっしゃっていました。これが今のアパレルの現実です。

そしてこの某社は社内にデザイナーを何人か残している分だけ「マシ」な存在なのです。

じゃあ、どうやって他のアパレルは商品企画をしているかというと、商社やOEM・ODM企業に「丸投げ」しているのです。もちろんパターンも丸投げです。

商社には「製品事業部」という部署があります。子会社になっている場合もあります。ここは「衣料品の製品を製造する」部門です。昔は、アパレルからデザイン画とパターンが送られてきて、それを基に商社の製品事業部が関係工場を手配して洋服が作られていましたが、今は、商社の製品事業部がデザイン画もパターンも用意します。アパレルがやることは「こんなイメージの商品が欲しい」という要望を出すだけです。

ひどいアパレルになると要望すら出しません。商社の製品事業部が「アパレルが欲しがるであろう商品を予測して提案する」のです。その提案の中からアパレルは選ぶだけ。

2000年ごろすでに業界では「今のアパレルデザイナーはデザイナーではない。提案された商品を選ぶだけの『セレクター』だ」と揶揄されていましたが、その傾向は一層強まっています。

こうしたアパレルと上手く取り組んで業績を伸ばしたのは、例えば豊島という商社です。またヤギという商社も製品事業の売上高は伸びています。

 

商社というと売上高が数百億円とか何千億円という大規模な組織が多いのですが、それの小型版がOEM・ODM会社です。

OEMとは相手先のブランドの生産を請け負うことで、ODMとは生産だけでなくデザインから請け負うことで、これらの会社の多くは数人から100人くらいの規模で運営されていて、商社の製品事業部の小型版といえます。

ちなみに業界内ではOEMとODMをほぼごっちゃにして使っており「OEM屋さん」というとだいたいはODMまで行ってくれている会社を指すようになっています。

 

これを使っているアパレルも数多くあります。そしてアパレルから切り捨てられたデザイナーやパタンナーの多くはこういう会社に属したり、自分で会社を興したりします。ですから、OEM・ODM会社は年々増えるばかりで、過当競争に陥っており、仕事を確保するために料金は低価格化していますから、ド素人でもこれらを通せば簡単に安くオリジナルの商品が作れるようになっているのが今のアパレル業界です。

 

そうすると、ファッション専門学校に何千人も「デザイナー志望」「パタンナー志望」が入学したところでアパレルのデザイナーやパタンナーとしてはほとんど就職できないことになります。お分かりでしょうか。

そういう学生は、OEM・ODM会社や商社の製品事業部への入社を目指す方が手っ取り早いのです。

 

ではいつから、アパレル各社が社内のデザイナー・パタンナーをリストラしてOEM・ODMに依存するようになったのでしょうか。

はっきりとした年代はわかりませんが、90年代半ばからそういう傾向が始まったのだと聞いています。

ある小規模アパレルの社長は、10年くらい前まで某大手アパレルのデザイナーでした。その社長によると90年代半ばごろのこと、上司から

 

「次シーズンの商品企画だけど何型かだけ外部の企画会社を使うから」

 

と言われたそうです。

その社長によるとこれがOEM・ODM会社との付き合いの始まりだったとのことです。

そこから加速度的に「外部の企画会社」を使った商品の型数から増えて行って、気が付けば大半以上が外部による企画で、そのうちに生産の手配まで丸投げするようになっていたとのことです。

個人差はあるでしょうが、概ね、この社長の記憶通りというアパレルが多いのではないでしょうか。

 

毎日、日銭を稼いでくれる販売員や営業マンと異なり、デザイナーやパタンナーはカネを稼いでくれません。もちろん彼らが作った商品は会社の売上高になるのですが、現金を回収できるのはその半年後とか1年後になります。バブル崩壊後売れ行き不振に陥ったアパレル各社は利益確保のために、そろって社内からデザイナーやパタンナーを切り捨て、OEM・ODM会社に企画から生産までを丸投げするようになりました。その方がコストダウンできたからです。

しかし、その弊害も起きます。OEM/ODM屋、商社の製品事業部は何社ものアパレルから仕事を依頼されます。必然的に手掛けているアパレル同士の商品は似てきます。これが店頭の同質化を誘発してアパレルはさらに売れ行き不振に陥って今に至ります。

 

こういう情勢にありながら、まだファッション専門学校は「デザイナーを目指そう」「パタンナーを目指そう」と言って学生を勧誘し続けるのでしょうか?それは正しい行為なのでしょうか?甚だ疑問です。

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南充浩
WRITER

1970年生まれ。大学卒業後、量販店系衣料品販売チェーン店に入社、97年に繊維業界新聞記者となる。2003年退職後、Tシャツアパレルメーカーの広報、雑誌編集、大型展示会主催会社の営業、ファッション専門学校の広報を経て独立。現在、フリーランスの繊維業界ライター、広報アドバイザーなどを務める。 2010年秋から開始した「繊維業界ブログ」は現在、月間15万PVを集めるまでに読者数が増えた。2010年12月から産地生地販売会「テキスタイル・マルシェ」主催事務局。 日経ビジネスオンライン、東洋経済別冊、週刊エコノミスト、WWD、Senken-h(繊研新聞アッシュ)、モノ批評雑誌月刊monoqlo、などに寄稿 【オフィシャルブログ

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1970年生まれ。大学卒業後、量販店系衣料品販売チェーン店に入社、97年に繊維業界新聞記者となる。2003年退職後、Tシャツアパレルメーカーの広報、雑誌編集、大型展示会主催会社の営業、ファッション専門学校の広報を経て独立。現在、フリーランスの繊維業界ライター、広報アドバイザーなどを務める。 2010年秋から開始した「繊維業界ブログ」は現在、月間15万PVを集めるまでに読者数が増えた。2010年12月から産地生地販売会「テキスタイル・マルシェ」主催事務局。 日経ビジネスオンライン、東洋経済別冊、週刊エコノミスト、WWD、Senken-h(繊研新聞アッシュ)、モノ批評雑誌月刊monoqlo、などに寄稿 【オフィシャルブログ

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